
帝国データバンクが公表した「山口県2025年度の雇用動向に関する企業の意識調査」は、山口県の企業採用の実態を明らかにする重要なデータです。少子高齢化による労働人口減少が加速する中、企業がどのような採用戦略を取ろうとしているのか、その動きを分析することは、経営課題の優先順位を決める上で欠かせません。
本調査から浮かび上がる最大の特徴は、正社員採用に対する企業の姿勢が大きく変わり始めているということです。不確実な経営環境の中でも、企業は人材確保に真摯に取り組もうとしており、その流れが採用数字に表れています。
調査によれば、2025年度の正社員採用を予定している山口県の企業は62.6%に達します。この数字は前年から1.6ポイント上昇し、3年ぶりに前年実績を上回ったことを示しています。
これは単なる統計的な変動ではなく、企業の採用マインドの転換を意味しています。過去3年は経済的な不確実性やコスト抑制の圧力から、採用を控える傾向が強まっていました。しかし2025年度には、その状況が変わろうとしているのです。
企業が正社員採用を増やす背景には、いくつかの要因が考えられます。
まず、労働人口の急速な減少は、もはや無視できない経営課題です。山口県における2月の有効求人倍率が1.45倍と全国で6番目に高い水準にあることからも、人手不足の深刻さが伝わってきます。
次に、賃金水準の上昇圧力です。全国的な「働き方改革」と「賃上げの流れ」が強まる中、企業が優秀な人材を確保するためには、雇用の安定性を示す必要があります。正社員採用は、その意思表示ともなるのです。
さらに、業務の質の向上と効率化への需要も要因として挙げられます。単なる人員充足ではなく、企業の生産性向上や事業拡大に向けた戦略的な採用へとシフトしているのです。
正社員採用予定のある企業の中でも、採用規模には差が見られます。
特に注目すべきは、採用人数の「増加」を見込む企業が4分の1を占めることです。これは、経営状況が改善傾向にある企業が、積極的に人員を増やそうとしていることを示唆しています。

一方、非正社員(派遣社員、パート・アルバイトなど)の採用予定がある企業は35.3%にとどまり、前年から6.5ポイント低下しました。さらに注目すべきは、この数字が4年ぶりに4割を下回ったということです。
同時に、「採用予定はない」と回答した企業は50.4%に上り、12年ぶりに5割を超えました。この対比は、企業の採用戦略における大きな転換を物語っています。
なぜ企業は非正社員から正社員へとシフトしているのでしょうか。その理由はいくつか考えられます。
人材の定着率の問題: 非正社員は雇用の不安定性から、離職率が高い傾向にあります。企業が安定した組織運営を目指すには、正社員として雇用契約を結ぶことが得策だと考え始めているのです。
スキルと企業文化の継承: 長期的な経営基盤を構築する上で、企業ノウハウやスキルの継承が重要です。非正社員では、その蓄積が困難です。
雇用環境の変化への対応: 労働基準法の改正や同一労働同一賃金の原則など、規制環境が厳しくなる中で、非正社員採用のメリットが減少しています。
調査データから、業種別の採用姿勢に大きな差が見えてきます。
サービス業が72.7%で最も高く、次いで建設業が63.0%、卸売業が58.8%となっています。特にサービス業は、人手不足が深刻な業界として知られており、採用への必死さが数字に表れています。
建設業も同様に、事業拡大と人手不足の圧力により、採用に積極的です。不動産業も83.3%と高い数字を示しており、不動産市場の活況が背景にあると考えられます。
一方、卸売業では「採用予定はない」と回答した企業が32.4%に上り、最も多くなっています。これは、卸売業が流通効率化やデジタル化による省人化を進める傾向があることを示唆しています。
製造業でも30.0%が採用予定なしと回答しており、業界全体がオートメーション化や生産効率の向上を優先している可能性が高いです。
興味深いことに、非正社員採用ではパターンが異なります。
サービス業(45.5%)と製造業(45.0%)が非正社員採用でも高い水準を保っているのに対し、建設業(22.2%)では非正社員採用の予定がほとんどありません。これは、建設業が正社員採用にシフトしている実態を示しています。

企業規模別に見ると、採用戦略の大きな違いが浮かび上がります。
大企業の正社員採用予定は78.6%と、全体平均の62.6%を大きく上回っています。ただし、前年の86.7%から8.1ポイント低下しており、採用を抑制する傾向も見られます。
これは、大企業がある程度の余裕を持ちながらも、経営環境の不確実性に対応する慎重さを示しているとも言えます。
一方、非正社員採用では大企業の採用予定は14.3%にとどまり、前年の53.3%から39.0ポイント低下しました。これは大企業が非正社員から正社員へのシフトを明確に打ち出していることを示しています。
中小企業の正社員採用予定は60.8%で、前年の58.0%から上昇し、2年ぶりに6割を超えました。特に小規模企業でも51.0%が採用を予定しており、規模を問わず採用意欲が高まっていることが分かります。
しかし、中小企業における「採用予定はない」との回答は29.6%に上り、大企業のゼロと対比すると、二極分化の傾向が明らかです。経営状況により、採用できる企業と採用できない企業の差が大きくなっています。
非正社員採用でも中小企業は37.6%と、大企業より高い水準を保っています。これは、中小企業が正社員採用だけでなく非正社員採用も進めていることを意味し、人手不足への対応に必死であることが伝わってきます。
中小企業が採用に前向きな一方で、その現場では多くの課題に直面しています。帝国データバンクの調査で寄せられた企業の声から、その実態が浮かび上がります。
という声は、多くの企業が共有する課題です。求職者が求める条件と企業が提供できる条件のズレが、採用活動を困難にしているのです。
という声は、特に中小企業の悲鳴とも言えます。大手企業との賃金格差が広がる中で、中小企業は優秀な人材を確保することがますます難しくなっています。
という声からも、賃金上昇が経営を圧迫する実態が見えてきます。
という指摘は、中小企業の深刻な課題です。採用して育成した人材が、大手企業に流出してしまうという悪循環に陥っています。
という声は、少子高齢化社会での人員計画の難しさを物語っています。採用活動自体に時間がかかるため、前倒しでの募集が必須となっています。
興味深いことに、「新卒社員の採用はなく、代わりに外国人労働者を5名採用した」という鉄骨工事の事例から、人手不足対策として外国人労働者の活用を本格化させている企業も出てきていることが分かります。
これは、国内労働市場が逼迫していることの証左であり、企業が新しい採用戦略への転換を迫られていることを示しています。

以上の分析から、2025年度の企業採用には以下のような傾向が見られます。
非正社員から正社員へのシフトは避けられない流れです。企業は雇用の安定性を求職者に示し、長期的な人材確保を目指すべきです。
採用環境が業種と企業規模により大きく異なる中で、自社の置かれた環境を正確に認識し、適切な採用戦略を立てることが重要です。
全国的な賃上げの流れの中で、中小企業も従来の給与体系の見直しが避けられません。ただし、その際には単なる基本給引き上げだけでなく、手当やキャリアパスなど、トータルな処遇改善を検討すべきです。
人手不足が深刻な業界や業種では、適切な受け入れ体制の整備の上で、外国人労働者の活用も視野に入れるべき時代です。
人材確保が困難な中では、採用だけに頼らず、業務プロセスの見直しやDX化による業務効率化も並行して進める必要があります。
2025年度の企業採用データが示すのは、単なる「採用数の増減」ではなく、企業経営の構造的な転換期を迎えているという現実です。
少子高齢化による労働人口減少、賃金上昇圧力の強まり、業務効率化への需要─これらの課題に直面する中で、企業は従来の人事採用戦略の抜本的な見直しを迫られています。
特に中小企業においては、大手企業との競争環境が一層厳しくなる中で、採用だけでなく、人材の育成・定着・活用という全体的な人事戦略を構築することが、経営基盤を強化する上での必須条件となるでしょう。
帝国データバンク「山口県2025年度の雇用動向に関する企業の意識調査」
本記事は帝国データバンクの公表データを参考に、当社の見解として分析・考察したものです。